アスペルガーの雑感《優しさは想像力》

※個人的な感想ブログ☆

こんにちはkokoroです

またしばらく空いてしまいました。

先日ブルーピリオドという漫画の最新刊がでて、色々考えて、頭の中でまとまらないけど、アスペルガーの雑感では、優しさってなんだろな?て事が書きたいのだと思います、多分。

キレる若者は物語が切れている/五木寛之

と言っていた。物語が切れるというのは何かをした結果相手が傷つくとか、何かをしてあげないと困る人がいるとかそうゆう想像力の事だと思うのです。

ブルーピリオド

“君は溺れてる人がいたら救命道具を持ってきても海に飛び込む事はしない”
“正しい場所からしか話せないなら、アタシからお前に話すことは何もないね”

という台詞が印象的、物語の中身はまだ理解できていない、でも正しい所から物をいう人は優しいだろうか?

一緒に飛び込んで苦しみを共感共苦する事のないひとを優しいと思えないかもしれません。

先日あった出来事、

クリスチャン5人組の人とホテルのフロントで話してた、入り口から両手松葉づえのお爺さんが入ってきた、その時に両手松葉づえだから階段無理、エレベーターのボタン押せないと「想像」出来ました

クリスチャンは“隣人を愛してるから”真っ先に助けにいくだろう、ホテルマン?は仕事だからボタンを押しに行くのだろと思っていた。

僕は正直「どうでもいいと思っていた」

結果ホテルマンは一歩遅く、またクリスチャンはくっちゃべっている、ボタンを押したのは僕だった、善意など無いぼくがボタンを押していて、優しさ代表みたいな人たちがなにもしない、正直年寄りなんてどうでもいいもんね、、

“正しい場所からしか話せない”って言葉あのクリスチャンにぴったりだと思いました。

彼らは常に正しい事を言い人を愛してると言う、そのくせなにもしない彼らへの腹いせとして僕はボタンを押したのです。

優しさは想像力

そのクリスチャンの一人が

「アフリカでは貧しいのにみんな笑顔で生きている、日本は恵まれているのに心が病んでいる、彼らに学べる事があると思う」と残酷な事を言った。多分教科書で読んだんだろね。

このクリスチャンの人は発展途上国に行ったことが無いのだろう、

彼らが笑顔で近づいてくるのは日本人はお金をくれるから

写真を撮らせればお金がもらえるから

貧しくて仕方がないから

僕が行った国は足の無い人

家が無い人

飢餓で死ぬひと

親を亡したひと

沢山いました

町のウインドウには骸骨が山積み

僕らが泊まったホテルは出航2日後に空爆にあいました

ぼくはそんな彼らが笑顔なのは貧しさの象徴であり幸福ではないと想像しています。彼らの笑顔をみたときその裏にある悲しみは想像力。

妊婦さんや年寄りがいたら優先席に座る若者に「席を譲れと言う人がいる」譲れと言うのが優しさだと思うのでしょう、

その若者が妊婦さんかも知れないと想像出来ないのでしょう

その若者が内部障害を抱えているとは思わないのでしょう。

別の人に譲って欲しいとは言わない

自分は海に飛び込まないのです、正しい所から「我こそは人権主義」と叫ぶ。

 

優しさは想像力、というお話でした。

kokoro

 

 

 

 

3+

《3枚目のラクシュミー完成》

おはようございますkokoroです

ラクシュミー3枚目が完成致しました‼

ラクシュミーNo.3

 

額に入れるとこんな感じ*゜

美と愛情と富の神様

という事で美しく壮大さを表現するためマットも鉛筆で描きました絵の中から出てくるように感じてもらいたいです。

地球の上に立っていて天から麦の種を蒔く。

以前描いたラクシュミーは手から金を出していましたが

今回は麦の種にしました…

アイデアの元となるのが

「一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままである」という、おそらく聖書の言葉ですがそれを表現したいと思いました

お金は与えるだけになりますが

種は育ち収穫できるということです

そのような意味でこのような絵になりました、これからも変化し続けていきたいです*゜

 

では楽しんで観てください。

kokoro

2+

《ラクシュミー3の2》

こんばんはkokoroです

美と豊穣の神様

「ラクシュミー」

制作過程です

実はもう少し先まで出来上がっているのですが続きが気になる作品にしたいです。ちょっとしたトリックみたいな技術を使って楽しんでもらえればと思います。神様の偉大さや威厳のような部分がトリックで表現しようとおもいます‼

 

では

kokoro

2+

《ラクシュミー3》

こんばんはkokoroです

新しい絵を描き始めました‼

美と豊穣の神様ラクシュミー、3枚目になります

過去のラクシュミーも

galleryでみてね、

アヌシュカさんという女優さんをモデルにしています

これからどう美と豊穣らしくなるのかお楽しみに!

kokoro

3+

立川アートギャラリー展

こんばんは

お知らせです

立川アートギャラリー展に出展します

5月18日からになります

たましんRISURUホール

立川南口から徒歩5分位です。

個展で展示した作品ですが

他の方の作品もたくさん観れます

良ければ行ってみてください☆

プロが描く作品も面白いけど一般の人が描く絵の方が身近で楽しめるのではないかなと思います

では、よろしくお願いいたします☆

kokoro

2+

アスペルガーの雑感《ブルー・ピリオドを読んで》

 

こんばんはkokoroです…

先日読んだマンガのお話し

ブルーピリオドというマンガ

ざっくりあらすじ

大体何でもこなせて優秀なパッと見ヤンキー八虎が絵に惚れて藝大を目指すお話し

画家を目指すというところまで描くのか分からないけど面白いです

名画に対する疑問とか絵を描く人の思考とかあまり理解できないような所を分かりやすく解説してくれています

以下発達に絡めた感想…

最初に主人公が描いた絵を先生に見せてうまくいかないという話しをしたら「では、嘘をつきましょう」と言う、それは遠近法でした。実際に奥が小さいわけではないけど小さく描くことでそれらしく見せるというもの、八虎は納得して絵に取り組むのですがこの時ぼくは「奇抜」と言われるような絵の招待は遠近法などの法則を無視していると思ったのです、その奇抜な絵の招待に発達障害も関係しているのではないか?と

アスペルガーかそうでないか見分けるひとつの方法であるサリーとアン(確かそんな名前)の実験を思い出しました。

サリーがおもちゃをバスケットにしまい部屋から出ていく、アンが部屋に入りおもちゃで遊び棚にしまう、サリーが戻ったときサリーはバスケットと棚どちらを探すと思うか?と質問すると

正解は「サリーはバスケットにしまって部屋を出たのだからバスケットを探すと」と答えるのですが

アスペルガーの場合は「アンは棚にしまったのだから棚を探す」と答えたりする

この話と絵を関係付けるのは強引ではあるけれど「真実を真実のままに、見たものを見たままに表現したい」というような正義感?は発達障害によく見られる気がします。サリーの視点に立ち「バスケットを探す」と頭で理解できるかも知れないが「アンが棚にしまった」という視点を忘れる事ができない…

そのような視点を持つ人が絵を描く際遠近法によって「それらしく見せる」事をしない可能性はあると思うのです。手前と奥が二センチづつの立方体があっても「奥も二センチなのだから二センチに描く」という、絵画における法則を無視したりするんじゃないかなと…(笑)

発達障害を持つ人の絵が「斬新」「奇抜」とか言われるのはそのような法則をあらゆる点で無視し通用しないから…かもと。

もちろん意図して法則を無視する人もいますが発達障害の場合は法則を適応できないか、適応し過ぎる、といった感じかも

ぼくはどちらか知らないけど初めから絵画の常識を放置してイメージして描き始めたら至って常識的な書き方をしていると思います、

その意味でもグレーゾーンの発達障害かもしれません。

最後に、八虎の友人で女装男子の龍二の言葉が響きました、どう響いたのかはよく分からない*゜

「俺の”好き“だけが俺を守ってくれるんじゃないのかなあ…!」

僕も女性に生まれていたらなて思うこともしばしばあります、女性の服が似合う人になれたらなって、そうすれば少しは自分を肯定できたかなーて、

 

kokoro

 

 

 

 

 

2+

アスペルガーの雑感《動物を飼う人の心理》

 

 

こんばんは

OD起こして会社辞めてからメンヘラ化してきたので今まで思ってたことを描く事が増えますが見たくない人は見ないでねと。
前から思ってた事を書いていくかも☆

ひろゆき氏の発言に同意、前からペット買う人疑問だった
飼ってる人で殺処分反対の人に会ったことは無いけれど、
①買う人がいる↓
売れ残る↓
殺処分
は普通にあるだろうし
2,殺処分予定の動物を飼う↓
飼えなくて捨てるor拾う人がいるから捨てる人も増える↓
殺処分

て思う。反論としてペットショップを叩かなくても殺処分は減っている、叩けばブリーダーが増える、というもの。

減ったら殺しても良いのか?もギモンだし
ブリーダーが増えても「買うやつがいることが問題」という反論にはならないと思う。

ぼくが前にスピリチュアル批判をしたのはスピリチュアルに不愉快な思いをさせられたから…
とても傲慢で自己中心的な人がいましたその人はペットが死んで
「家族のような存在だった替えは利かない」と言いましたが2ヶ月後には新しいペットを2匹も買いました、軽蔑しかありません。
命を売り買いすること事態おかしいと思いますが
平然と新しいペットを買っておきながら「家族なんです」と言える事、普段から愛情や寛容が大事と言っておきながら平気で人もペットも捨てる。
自分の所に来たペットが喜んでいると勝手に決めつける傲慢さ。

自分は責任を持って育てている、などと言うのは人間の都合。

そもそも命を買うということにギモンを持たないのだろうか?

自分は喜ばれていると思いたい人には他の意思などどうでも良いのかも知れませんね

家族と同じ位の大切なら、子どもが死んでも2ヶ月後に「子どもまた作ればいいか」て思うんでしょう。

とはいえ僕のような考え方は少数派なんでしょうね、アスペルガー的な考え方でもあるでしょうし。

傲慢なのはいいんです、せめて綺麗事は聞きたくないんですよね

kokoro

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サラスワティ完成

【サラスワティ】

お久しぶりです!

*゜ サラスワティ完成(弁財天)学問や芸術の神様。
モデルのmisakiさんに撮らせていただいた写真を使い新しい作品に仕上げました*゜
髪の毛の水がにじむ水彩画風の様子や
右に琵琶左に数珠、美しい音と光を表現しました、右手に握っているのは書のようなもの。見ていると音や光に乗って知識が入って行く様子。
先日映画「ハーモニー」を見た影響もあり調和も意識しました☆

こちら↓

頭に月の模様を月の形として理解しやすいようにしました☆

☆゜行こうよハーモニーの世界へ☆゜

kokoro

2+

アスペルガーの雑感《ハーモニーを見て》

なんともいえない良さがある
伊藤計劃の「ハーモニー」

科学技術によって健全で平和で幸福な社会が保証されたが、幸福を拒絶する子どもたちが現れた。価値はないけど幸福と価値はあるけど苦しむ自由もある。どっちがよいかみたいな映画。

体内に埋め込まれたウォッチミーによって人を自殺させ、脅し1人1殺を強制させる
最終的に人を意識のない恍惚とした状態にする「ハーモニー計画」を起動することになる

そんな内容、声優が良いです凄く☆

話の流れに激しく共感する*゜
平和とは争いも無く人には平等な価値があるとするもの、

人類の歴史はずっと争いで競い合いで傷付けあってきた、そして自分が勝つ側にたって初めて喜びを感じてきた、何かの大会で優勝する事テストの点数で優れていること、そのために意思が必要だった。
しかし多くの人は戦争や犯罪の無い社会を望み実際そうなりつつあるしいまだかつてないほど平和な世の中になった
つまりみんなテストで100点という事で上も下もなく争いも無い

それが平和という事のようです
「君の名は」が世界的にヒットしたのは世界が平和になりつつあるからだと思う、特別争いも無く波乱万丈な内容ではありません
ひたすら美しい美術が注目されました。
これまで争い競いあう内容の物が娯楽として評価を浴びていた、ゲームで言えば誰かと戦ったり銃を撃ったりするもの
でもそう言った内容ではなく平凡な娯楽が評価されるようになってきた、つまり多くの人が争わない事を望んでいるのだと思います。

それは望ましい事だし良い事だと思います。けれどももし争わないなら主義主張は要らないはずです、ひたすら幸福でいればいいのだから平和を謳歌すればいいのだから

美味しいものを食べたとき「美味しい」と言う必要は無いのです、ただ食べ続ければいいのだから。グルメリポーターが嘘臭いのはそのためでしょう。

なのに幸せになりたい人ほど主義主張を好み心が大事というのです
そこが非常に疑問、心と意思など要らないのです平和なんだから
誰かに勝つ必要もない。
ぼくは自分が幸せになれないと思っているし仕方ないと思う
テストで自分だけ100点とって皆が0点でなければ喜びを感じれないと自覚しているから自分の方が優秀だと思わないと喜べないと思うから
誰かの不幸が前提にあるから
自分が辛い目に合ってきたことや惨めな思いをしてきた事を平和になったくらいで精算出来るとは思えないから

もし平和を求めるなら、他人の事なんてどうだっていい、苦しんでいようと知ったことではないと思うべきでしょう、

勝利を得ることによってしか喜びを感じれない僕みたいな人間を救う事なんてできないのに「それぞれの価値があるのよ」なんてよく言えるわと思います、争いを否定してきたのなら最後まで傍観していろよと、あなた方は平和が好きなんだから
それなのに平和を望む人ほど主義主張と心を大事にしたがります
「みんな違ってみんないい」といっているから平和が来ないのに
。幸福を望んでいない人がいることも知らないのに。

平和という事は皆同じという事。だから他人を大切にする必要などないのに、ここにきて善人になろうなどといっている連中がいるのがイラついたりする。

僕の好きなアニメのセリフに「飢餓や貧困、差別、腐敗、戦争とテロリズム、世界に溢れる問題を無くしたいと思いつつ人は絶望的なまでに分かり合えない。だったら心や主義主張は要らない、システムと力で平和を実現すべきでは?」
という台詞、まさにハーモニー計画がそれだと思う。
ただひたすら「意思がなく恍惚とした状態」にするもの。

「戦争を否定する民間人だって警察は便りにするよね?」という台詞もそう、戦争を否定するのならただ殺されればいいのです、それなのに警察というシステムは否定する。

ハーモニーとは主観的にみればそんな内容*゜

以前から感情の無い虚無的なキャラクターにひかれるのは僕にとって幸福は感情に左右されない人間になることだから、感情がある以上辛いことも経験しないといけない、それが嫌ならどこまでも無感情、無関心をきめこむ。それが平和という事なのです
綺麗事が嫌いなのもそれが理由。

 

kokoro

3+

サラスワティ制作過程3

お久しぶりです

毎回久しぶりですが(;・∀・)

今描いてるサラスワティの制作過程をのせます*゜

一部てすが…ちょっと見ずらいかな。

ある程度すすんだら載せる方が感動が大きいかと思いまして*゜

サラスワティの琵琶と白鳥の羽1つにして描いています

A4という小さい紙に広い世界を感じてもらいたいです☆

kokoro

 

 

 

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